マドゥーラコラム:こんな人にはかなわない コピーライター 大坪 徹 vol.4 嗚呼、勘違いの人

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生まれてこの方、何の疑いもなく信じてきたことが「勘違いである」と気付いたり、他人に指摘されたときのショックは相当なものある。自慢ではないが、僕はこの手の「勘違い」の天才である。コラムニストである中野翠さんの著書を読んでいたら、『赤とんぼ』という童謡の歌詞に出てくる「負われて見たのはいつの日か」を長い間「追われて見たのはいつの日か」だと思い込んでいた、という一節に出くわした。いやあ、ショックでした。僕もずっと「追われて見たのはいつの日か」とばかり思っていた。ひょっとしてと思い『ふるさと』の歌詞を調べてみた。「兎おいし彼の山」で始まる唱歌だ。ガーン!嫌な予感が的中した。正しくは「兎追いし彼の山」であり、僕はずっと「兎美味し彼の山」だと思い込んでいた。小学生のとき「兎ってそんなに旨いんだろうか?醤油とかかけて食べるのかなあ」なーんて思いながら歌っていた。

もう、こうなったら恥の上塗りである。言っちゃう。学生のとき飲み屋で友人たちとたわいもない文学論を交わしていた。一人がさも持論のように雄弁に語っていた。ある文芸評論家の解釈であることがわかっていたので、僕は悠然とこう切り返した。「受け売り話は興ざめしちゃうんだよな」。その言葉を聞いて友人たちがキョトンとしている。友人の一人が恐る恐る僕に尋ねた。「コウザメって、キョウザメのことか?」。顔から火が出た。「おまえのコウザメで興ざめしたじゃないか。この話しは止め!」。その夜、僕は「おい、コウザメ!」と呼ばれ続け、泥酔したのは言うまでもない。

こういった勘違いを幾度となくやらかしてきた僕だけれど、その逆もある。相手が勘違いをしていることに気付いた場合だ。それを相手に伝えるかどうか、これは難しい。勘違いを指摘すれば相手は少なからず傷つくことになるし、伝えなければ相手はその後も恥をかき続けることになるからだ。

Cちゃんは小学校から中学校までの同級生だ。二十歳を過ぎた頃、広い東京で奇しくも出会った。それ以来、東京にいる同郷の連中が集まるとき、彼女も参加するようになった。ある日、Cちゃんから電話があった。就職が決まり職場に近いアパートを探したいので付き合ってくれないかと言う。一緒にいくつかの物件を見てまわった後、喫茶店に入った。このとき彼女の"この世のものとは思えない思い込み"を知ることになるのである。
見てまわった物件について、お互いに感想を言い合っていたときだった。Cちゃんの口から信じられない言葉が飛び出した。「あのアパートは東向きだから朝日が入らないね」。僕は聞き間違えだと思い「えっ?」と問い返した。「朝日の入る部屋がいいのよ」と彼女。「東向きだから朝日は入るよ」と僕。そして彼女は真顔で僕を哀れむようにこう言ったのだ。「ツボクン、太陽は西から昇るのよ」。その瞬間、僕の中で地球が逆回転をはじめた。明日が昨日になり、未来は過去となり、老人が成長して赤ん坊になった。僕はCちゃんに顔を近づけ、小さな声で言った。「ねえ、Cちゃん。驚かないで聞いてほしいんだけど。太陽はね、東から昇るんだよ。これはまぎれもない真実なんだ」。それを聞いて、彼女は僕にとどめを刺した。「だって『天才バカボン』でそう言ってたもん!」。頭の中で懐かしいアニメソングが流れた...♪西から昇ったおひさまが東へ沈む~♪。

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Nさんは僕の上司だった。お酒を飲まない人は別なことにお金を贅沢に使うことが多いけれど、Nさんの場合は珈琲だった。当然、豆の種類や挽き方、淹れ方、飲み方、器(彼はマイセンをこよなく愛した)に一家言を持っており、そのこだわり方は尋常ではなかった。

ある日、偶然ランチを一緒にとることになり、その後のお茶に誘われた。僕はちょっと躊躇した。Nさんがいつも行く店の珈琲一杯の値段は、定食の倍はすると噂されていたからだ。安給料の僕には痛い。それを察してか「ご馳走するから」とNさん。ピアノのように黒光りするカウンターに間接照明の淡い明かりが映り込んでいる。初老のマスターの背後には高そうな器が並んでいた。「ぜひ飲んでほしい珈琲があんだけど、それでいい?」とNさんが聞いてきたので僕は了解した。「タンカバイセン、ふたつね」。初めて聞く言葉だった。「バイセン」は「焙煎」だろうと想像できた。「タンカ」とはどんな字を書くのだろう。単価、担荷、短歌...どれもピンとこない。手元にあるメニューを見て合点がいった。そこには「炭火焙煎珈琲」と書かれていた。Nさんは「スミビ」を「タンカ」と読み間違えていたのだ。その誤りを伝えることは、とうていできなかった。

僕はCちゃんの思い込みを指摘したけれど、Nさんの読み違いには黙っていた。この差は何だろう。相手と自分の関係や距離感が大きく影響していることは間違いない。Cちゃんは同級生で、Nさんは上司だ。言いやすさが違う。でも、いま考えるとそれだけじゃないように思う。自分がずっと信じてきたことが「間違っている」ことに気付くのはショックである。ましてや自分以外の人に指摘されれば、どんな人でも傷つく。誰に言われたのかでも傷の深さは違ってくる。

他人の勘違いを指摘するときは、それによって相手が受ける傷の度合いを推し量り、その傷を癒す力が自分にあるかどうかを問う必要があるのではないだろうか。たかが勘違いでしょ、そんなに重く考えなくてもいいじゃないか、という人もいるかもしれない。でも正しいことを言うときは、それなりの覚悟がいると僕は思う。これは勘違いで数々の軽傷、重傷をおってきた人間の見解であります、はい。

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Cちゃんの場合、彼女の傷は浅いと思った。こういうことに頓着しない子だったから。それよりも、ここで僕が言わなければ、後々彼女が恥ずかしい思いをするかもしれない。友人として、そっちの方が気がかりだった。Nさんのときは、本当のことを言う覚悟ができなかったのだと思う。珈琲をこよなく愛するNさんが、インスタントコーヒーで充分と思っている人間に正されたときの傷の深さは相当なものであり、それに対処する自信がなかった。ここでふと不思議に思ったのは「タンカバイセン、ふたつね」と注文を受けて、黙って炭火焙煎コーヒーを出したマスター。彼の心の内はわからないが、店の味を愛してくれていればそれでいいと思っていたのかもしれない。

僕はいま、この文章をコンピューターのワープロ機能を使って書いている。前文に「奇しくも」という言葉を使ったけれど、このときキーを叩いても「奇しくも」が出てこない。変だなあと思って辞書を調べてみたら「クシクモ」でした。僕はずっと「キシクモ」だと思っていた。やれやれである。

プロフィール

1956年生まれ、滝川市出身、札幌市在住。大坪徹事務所・主宰

コピーライターとして東京の広告代理店、広告制作会社などに15年間在籍。日本航空、東京ディズニーランド、NTT、富士ゼロックス、三菱電機などの広告制作に携わる。その後、札幌にて広告代理店に勤務。1997年、壱風堂を設立。カルビー「じゃがポックル」、劇団四季「ライオンキング」、NEXCO東日本の他、国内有数の不動産およびマンションデベロッパーのプロジェクト多数に携わる。

主な受賞歴

  • ・毎日広告デザイン賞 部門賞
  • ・消費者のためになった広告コンクール 最優秀賞
  • ・日本雑誌広告賞単色刷広告 銀賞
  • ・札幌コピーライターズクラブ SCC最高賞
  • ・札幌コピーライターズクラブ 眞木準コピー賞
  • ・日経ウィークリー広告賞 優秀賞  など
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